過失割合がゼロなのに賠償金が減額される場合(素因減額)
1 素因減額とは?
「素因減額」とは,交通事故被害者の方が持っていた要因が原因で本来発生するはずのなかった損害が発生した,あるいはその要因によって損害が拡大したという場合に,賠償金が一定割合減額されることを言います。
時折,既往症を持っている被害者の方が,交通事故の発生について自分に過失が存在しないにもかかわらず,相手方保険会社から,既往症の存在を理由に賠償金の減額を主張されることがありますが,このような相手方保険会社の主張は「素因減額」という考え方に基づくものです。
2 素因減額という考え方が認められる理由
加害者の不法行為を原因とする損害賠償の制度は,不法行為(交通事故も不法行為の一種です。)によって被害者に生じた損害を,公平に加害者に分担させることを趣旨としています。
そのため,被害者に生じた損害について,加害者の不法行為だけではなく,被害者側の要因が寄与している認められる場合において,仮に,加害者が被害者に生じた全損害を賠償しなくてはならないとすると,加害者は自分の不法行為が与えた以上の損害を賠償することになり,損害の公平な分担が実現されません。
そこで,加害者と被害者との間で損害を公平に分担するために,被害者が被った全損害の内,被害者側の要因が寄与した部分については,加害者側が賠償すべき金額から控除する必要がある(=素因減額をするべき)と考えられているのです。
3 どのような場合に素因減額がなされるのか?
素因減額をすべきか否かの基準については,未だ統一的な見解はございませんが,過去の裁判例では,概ね以下のような判断枠組みで素因減額をすべきか否かが検討されています。
前提:加害者の不法行為と被害者側の要因が競合して損害が発生又は拡大していること
⑴ 被害者の心因的な要因の寄与が考えられる場合
被害者に生じた損害が,当該被害事故によって通常発生する程度や範囲を超えるものであり,かつ,損害の発生や拡大について,被害者の心因的要因(精神的な問題や心の問題)が寄与している場合は,素因減額が認められる。
⑵ 被害者の体質的な要因の寄与が考えられる場合
①被害者に体質的な要因が疾患に該当する場合
・当該疾患の態様や程度等に照らして,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平でない場合は,素因減額が認められる。
②被害者が通常の体質とは異なる身体的特徴を有するもののそれが疾患に該当しない場合
・当該身体的特徴が通常人の平均値から著しくかけ離れたものであり,日常生活において通常人に比べてより慎重な行動を取ることが求められるような場合は素因減額が認められる。
・上記の程度に至らない身体的特徴については,個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されていると言えるため,素因減額は認められない。