交通事故における実況見分調書
1 実況見分とは
⑴ 実況見分は捜査の手法のひとつ
実況見分とは、刑事事件の手続きにおいて、捜査機関が捜査上の必要性に基づいて、事実を明らかにすると同時に証拠を保全する目的で、犯罪現場、その他関係のある場所、物、身体等の存在や形状、作用等について、捜査官の五感の作用で実験・認識することによって行う捜査の手法のことをいいます。
このように書くと、非常に難しい手続きのように聞こえるかもしれませんが、簡単にいえば、捜査官が警察署のなかで関係者の話を聞いているだけでは不十分だと思った時に、実際に事件の現場を見に行ったり、犯罪に関係する物を見たり、手に取ったりして確認する捜査手続きのことだと知っていただければ、本稿をお読みいただくための理解としては十分だと思います。
⑵ 法律上の根拠
実況見分は、捜査機関が刑事事件の捜査手続きとして行うものですので、法律上の根拠に基づいて行われます。
実況見分の法律上の根拠としては、刑事訴訟法197条1項の「必要な取り調べ」として行われるものであると説明がされるのが一般的です。
もっとも、この刑事訴訟法の条文を読んだだけでは、具体的にどのように捜査機関が実況見分を行うのかなど、実況見分を実施する際の具体的な手続きについて詳しく知ることはできません。
実況見分の手続きについて定めた根拠法令としては、国家公安委員会の規則である犯罪捜査規範を確認するのが有用です。
犯罪捜査規範第104条では「2項 実況見分は、居住者、管理者その他関係者の立会を得て行い、その結果を実況見分調書に正確に記載しておかなければならない。」、「3項 実況見分調書には、できる限り、図面及び写真を添付しなければならない。」「4項 前三項の規定により、実況見分調書を作成するに当たつては、写真をはり付けた部分にその説明を付記するなど、分かりやすい実況見分調書となるよう工夫しなければならない。」と定められています。
つまり、犯罪捜査規範では、実況見分を行う場合には、①関係者の立会いを得ること、②説明を付記した図面、写真等を添付するべきであると定められているのです。
2 交通事故の実況見分
このように実況見分は、刑事事件であればどのような事件の類型でも行われる可能性のるものです。
交通事故でも、加害者について過失運転致傷等の捜査が行われる場合には、交通事故現場で実況見分が行われることが一般的です。
交通事故の場合には、加害者と被害者が、それぞれどのように動いて、衝突し、どこで停止したのかといった、一連の動きが重要になります。
また、被害者が自転車や徒歩の場合などには、路面に残された携行品や血痕等の位置関係も事故状況を正確に検討するために重要となります。
そのため、交通事故の実況見分では、「現場見取図」等の表題で加害者と被害者の動きをまとめた図面が作成されることが一般的です。
また、被害が大きな事故では、現場の写真なども複数枚添付されることがあります。
3 実況見分調書の影響
実況見分調書は、上記のように、刑事事件の手続きの一環として捜査機関が作成するものです。
そのため、民事事件である、交通事故の加害者に対する損害賠償請求とは、別の手続きの中で作成される書面です。
しかし、民事事件においても、実況見分調書は警察という公的機関によって作成された書類であることから、事故態様を確認するうえで重要な証拠として扱われています。
そのため、事故の状況について、当事者間の言い分に食い違いがある案件などでは、実況見分調書にどのようなことが記録されるのかが、その後の民事事件の結論にも大きな影響を与えることとなります。
4 実況見分に立ち会う際の注意点
このように、実況見分は、刑事事件だけではなく、民事事件にとっても重要な影響のある手続きです。
被害者の方が実況見分に立ち会う機会があるか否かは、各事案により様々ですが、もし、捜査機関から実況見分の立会いを求められた場合には、積極的に立会いに協力したほうが良いと思います。
もっとも、実況見分調書に記載される内容次第では、かえってこちらに不利な証拠が作成されてしまう恐れもあります。
例えば、警察官が相手方当事者の言い分を真実と考えて、相手方当事者の言い分に沿うように誘導をかけてくる場合などには、絶対に警察官の誘導に流されず、自分の記憶している真実に従って立会指示説明を行う必要があります。
また、自分自身の記憶が曖昧な部分について、警察から「~だったんじゃないですか?」と質問をされた場合に、安易に「そうです。」あるいは「そうだったかもしれません。」と答えてしまうと、最終的にこちらの意図とズレた内容で調書が完成してしまうリスクもあります。
場合によっては、調書の内容が過失の割合や慰謝料にも影響を及ぼす可能性がありますので注意が必要です。
本来、犯罪捜査規範第105条では「実況見分調書は、客観的に記載するように努め、被疑者、被害者その他の関係者に対し説明を求めた場合においても、その指示説明の範囲をこえて記載することのないように注意しなければならない。」と定められています。
したがって、立会人の側でも、交通事故現場の、どの地点で何が起きたのかについて、客観的事実を淡々と指示説明をすることに徹するのが良いと思います。