交通事故における実況見分調書
1 実況見分とは
⑴ 実況見分は捜査の手法のひとつ
実況見分とは、警察などの捜査機関が犯罪の現場を検証し、犯罪事実の確認や必要な証拠の保全を行うことを指します。
交通事故で負傷者が出た場合、加害者の過失による犯罪ですから、交通事故の場合にも事故現場において実況見分が行われます。
具体的には、事故現場で、信号機の有無、道幅、一時停止の有無、道路の優先関係の有無、一方通行規制の有無、その他の規制の有無を調査し、路面状態や見晴らし、衝突の態様を把握するために必要な情報を収集します。
この実況見分は、捜査官が関係者の話を聞き、供述調書を作成しているだけでは不十分であり、犯罪事実の明確化のためには、実際に事件の現場を見に行ったり、犯罪に関係する物を見たり、手に取ったり、現場で関係者の身振り手振りや説明を含めて確認する必要がある場合に行われるものです。
⑵ 犯罪捜査規範に則った手続き
実況見分は、国家公安委員会規則の一つである犯罪捜査規範にのっとったものです。
犯罪捜査規範第104条では「2項 実況見分は、居住者、管理者その他関係者の立会を得て行い、その結果を実況見分調書に正確に記載しておかなければならない。」「3項 実況見分調書には、できる限り、図面及び写真を添付しなければならない。」「4項 前三項の規定により、実況見分調書を作成するに当たつては、写真をはり付けた部分にその説明を付記するなど、分かりやすい実況見分調書となるよう工夫しなければならない。」と定められています。
警察は、この犯罪捜査規範に則って、関係者の立会いを得たうえで、図表や写真を添付し、実況見分調書を作成するのが通常です。
2 交通事故の実況見分
交通事故では、当事者が負傷した場合、人身事故扱いとなれば加害者について過失運転致傷等の捜査が行われるため、交通事故現場で実況見分が行われることが通常です。
交通事故の実況見分調書では、
- ・各当事者がそれぞれどのように動き、停止し、あるいは停止しないで衝突したのか
- ・路面に残された携行品や血痕等の位置関係
- ・路面状況
- ・信号機の有無、道幅、一時停止の有無、道路の優先関係の有無、一方通行規制、その他規制の有無
- ・勾配や見通し、明るさなどの道路条件
- ・車両の情報
等が記載されます。
また、被害が大きな事故では、現場の写真なども複数枚添付されることがあります。
3 実況見分調書の影響
実況見分調書は、上記のように、刑事事件の手続きの一環として捜査機関が作成するものです。
そのため、交通事故の被害者が交通事故の加害者に対して行う損害賠償請求はあくまで民事事件の手続きですので、実況見分調書は民事事件での使用を念頭にはおかれていません。
しかし、実際上、実況見分調書は警察という公的機関かつ捜査のプロによって作成された専門性・正確性の高い書類であることから、事故状況を確認するうえで極めて重要な証拠として扱われています。
そのため、事故の状況について、当事者間の言い分に食い違いがある案件などでは、実況見分調書を取り寄せ、その内容を確認することが、その後の解決内容を左右することも多いです。
4 実況見分に立ち会う際の注意点
このように、実況見分は、刑事処分を決める刑事手続きだけではなく、損害賠償を起こす民事手続きに対しても重要な影響を及ぼします。
そこで、もし、被害者が捜査機関から実況見分の立会いを求められた場合には、積極的に立会いに協力したほうが良いと思います。
そして、その際は、自分の認識と異なる内容で実況見分調書が作成されないよう、自分の認識や記憶を明確に説明する必要があります。
また、警察から誘導的な聞き方をされることもありますが、自身の記憶と違う場合は、絶対に、安易に「そうです」などと答えてはいけません。
安易に誘導に乗ると、最終的にこちらの意図とズレた内容で調書が完成してしまうリスクがあります。
そして、一度自身の意図とズレた内容で調書が完成してしまえば、後でそれを撤回することは困難です。
場合によっては、調書の内容が過失の割合や慰謝料にも影響を及ぼす可能性がありますので注意が必要です。
本来、犯罪捜査規範第105条では「実況見分調書は、客観的に記載するように努め、被疑者、被害者その他の関係者に対し説明を求めた場合においても、その指示説明の範囲をこえて記載することのないように注意しなければならない。」と定められています。
したがって、立会人の側でも、交通事故現場の、どの地点で何が起きたのかについて、客観的事実を淡々と指示説明をすることに徹するのが良いと思います。