脳脊髄液減少症の後遺症・後遺障害慰謝料
1 脳脊髄液減少症とは
脳の表面は、外側から順に硬膜、クモ膜、軟膜という3重の膜で覆われており、軟膜とクモ膜の間はクモ膜下腔と呼ばれています。
このクモ膜下腔には脳脊髄液(髄液)という液体が存在しています。
交通事故等の衝撃により、硬膜が損傷し、脳脊髄液が硬膜外に漏れた状態が脳脊髄液減少症という症状です。
この症状を患った方は、頭痛・吐き気・めまい・だるさ・頚部痛・背部痛などの症状を引き起こすと言われています。
2 脳脊髄液減少症の診断基準
この症状に関する診断基準について、一般的に、3種類の基準があるといわれています。
第1に、2007年診断ガイドラインといわれるものがあります。
第2に、日本脳神経外傷学会診断基準といわれるものがあります。
第3に、厚生労働省の中間報告書による診断基準といわれるものがあります。
このように医学的な診断基準だけでも3種類の診断基準があることからすると、この症状に対する議論が錯綜していることが明らかであると思います。
3 脳脊髄液減少症の慰謝料は認められるか
脳脊髄減少症という症状の医学的な議論が錯綜している中で、交通事故賠償の分野においても、この症状を賠償金額にどのように反映させるべきかが争点となっており、特に、症状が後遺症として認められるか否かという点について大きな争いとなっています。
自動車事故による傷害については、損害保険料率算出機構における自賠責保険の後遺障害認定手続きがありますが、同手続きにおいては、脳脊髄液減少症を理由とする後遺障害認定は否定される傾向にあります。
このため、脳脊髄液減少症について、後遺障害に関する賠償を請求するためには、訴訟を提起して、後遺障害の認定を受ける必要があります。
脳脊髄液減少症により認定される可能性がある後遺障害としては、神経系統の障害として、9級、12級または14級が考えられます。
公刊されている判例雑誌等を参照したところ、全国各地で多数の裁判が起こされています。
裁判例の中には、脳脊髄液減少症を後遺症として認めたうえで、損害額を認定するものもあるようです。
また、脳脊髄液減少症という症状は認められないが、交通事故被害者に何らかの後遺症は残存しているとして、後遺障害慰謝料を認めている裁判例も存在します。
4 脳脊髄液減少症の後遺障害慰謝料の一例
交通事故による後遺症として脳脊髄液減少症が認められた場合の後遺障害慰謝料の金額としては、次のような事例があります。
大阪地方裁判所平成25年1月10日判決は、布団の上で転がりまわる痛み等の症状から、厚生労働省基準を満たさないが、後遺障害等級として14級相当を認めて110万円の慰謝料を認めています。
また、東京高等裁判所平成27年2月26日判決は、後遺障害の内容に照らして110万円の慰謝料を認めています。
さらに、東京高裁平成26年8月21日判決(原審:千葉地方裁判所平成26年1月31日判決)は、290万円の慰謝料を認めています。
近年では、大阪高裁令和3年12月15日判決は、9級の後遺障害に該当するとして、670万円の後遺障害慰謝料と、25%の労働能力喪失を理由とした逸失利益を認定しました。
このように、脳脊髄液減少症の症状に対する裁判所の判断は、被害者側に有利な判断がされているとは決していえない状況ですが、一部の裁判例では何らかの後遺障害の存在を認めていることが注目に値します。
さらに、今後、厚生労働省の研究班による研究が進めば、医学的研究の成果が交通事故賠償の分野で活用されることにより、今以上に被害者の救済を図れる可能性があります。
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